九八年、京都賞を受賞したさい、体調を崩していたため記念講演は代読されたが、その講演原稿には、次のような言葉が見られる。
しかし、数学を操る経済学者のなかには、数学によって描き出した仮想的な経済が、あたかも現実を支配するように思い込む者も少なくない。
いや、そう思い込んでいたからこそ、徹慢にも金融経済が世界を変えると信じたのだ。
こうした経済学者たちの徽慢について考えてみたい。
I氏は二○○八年十一月十日に亡くなっている。
いかにウォール街の金融工学が持て嚇され、仮想空間に巨万の富を築きあげようとも、I氏のような数学者だけでなく、ほとんどの国民は昔から「非金融国民」であり、たとえ金融機関に無理やり証券を買わせられても、それは変わらない。
そしてまた、高度な数学を駆使してリスクを右から左に移すことができても、この世からリスクじたいを消滅きせることはできない。
しかし、私はこれまでの人生において、株やデリバティブはおろか、銀行預金も定期預金は面倒なので普通預金しか利用したことがない「非金融国民」なのです。
米連邦準備制度理事会元議長のAさんが、二○○八年十月に「私は過ちを犯した」と証言した。
このときAさんが、自分の失策を認めたのではないことも指摘した。
彼は「金融機関が自己利益を追求すれば、株主を最大限に守ることになると考えていた。
私は過ちを犯した」と語っただけであり、この二十余年、世界に蔓延した金融市場主義の錯誤を語ったにすぎない。
T銀行のような強欲にかりたてられた金融機関であっても、自分たちの利益を追求すればそれがアダム・スミスのいう「神の手」に導かれて、社会全体にとっての富を生み出すという市場主義は、その単純さゆえに繁栄の時期には支持を得やすい。
また、株主こそ企業の持ち主であるという株主資本主義は、こうした市場主義に支えられて企業を健全な経営に導き、株主に最大の利益をもたらすはずだった。
Aさんは、一貫して金融市場主義の擁護者として振る舞ってきた。
九八年、アジア経済が金融危機に陥った直後にも、旧ソ連の社会主義経済が崩壊し、日本型資本主義が後退し、そしてアジアのクロー(縁故)資本主義が破綻したいま、資本主義はピュアなのである。
しかし、この金融経済の繁栄の時期に、アメリカが所得格差を急速に拡大していったことを、見逃すわけにはいかない。
TさんとEさんの研究によれば、アメリカにおける上位○・一%の人間の所得占有率は、一九二九年の大恐慌前には全体の八%に及んでいたが、六○年代から七○年代には二%に低下した。
ところが、八○年代から急速に上昇を始め、九○年代には六%を超え、いまや八%弱と八○年前に戻ってしまったといものだけが生き残るということが明らかになった」とスピーチしている。
ピュアな資本主義とはなにか。
それはとりもなおアメリカ型の資本主義ということであり、金融機関が自己利益追求をすればおのずから市場の均衡が生まれ、株式を買わされた膨大な数のアメリカ家庭が潤うという金融資本主義のことだった。
八○年代以降の金融規制緩和は見事に成功し、アメリカ経済を未曾有の黄金時代に導いたというのが、アメリカの金融関係者たちの実感だったろう。
ヨ−ロッパや日本の場合には戦前は同じように八%を超えていたが、戦後になって、アメリカ金融資本主義の大御所Pさん・Fさんニ○○六年十一月十六日、アメリカの経済学者Pさん・Fさんが死去したとき、アメリカ中の経済学者がFさんの業績を讃えた。
彼はKさん主義の害悪によって行こると急速に低下して二%程度になり、八○年代以降もそれほどの上昇を見せていない。
日本などは六○年代の二%からさらに低下し、九○年代からやや上昇したが二%強にとどまっている。
アメリカがいかに急速に超格差社会に回帰したかが分かるだろう。
もうひとつTさんとEさんが指摘しているのは、かつての所得上位者は財閥や資産家たちといった「資本家」だったが、最近の上位者はサラリーマンにすぎない「CEO(最高経営責任者)」たちであり、特に金融機関の人間だという事実だ。
アメリカにおける平社員とCEOとの所得格差は五百倍を超えており、低所得者層は膨張する傾向にある。
繰り返すが、サブプライム・ローンが成立したのは、こうしたサブ・ソサエティーを前提としていたのであり、サブプライム問題は超格差社会に淵源を持つといっても過言ではない。
そして、こうした超格差社会を再生産してきたのが、アメリカ型金融システムであったことも間違いないのである。
行きどまりを迎えていたアメリカ経済を救済しただけでなく、冷戦期にアメリカ人に自由の尊さを教えてくれたというものだった。
たしかに、Fさんは市場によるアメリカの繁栄を予言しただけでなく、激しい論争によって新自由主義の思想を世界に広めた。
そしてまた彼の経済学であるマネタリズムは、絶頂にあった金融資本主義の思想的支柱だった。
しかし、こうした評価は間違いではないにしても、あまりにも一面的というしかない。
Fさんはアメリカの金融経済に繁栄をもたらしたかもしれないが、同時に今回の破綻を準備した理論家でもあるからだ。
まず、Fさんの生涯をたどることから始めよう。
彼の両親はオーストリア・ハンガリー帝国からの貧しいユダヤ系移民で、彼は一九二年、ニューヨークのブルックリンに誕生した。
子供のころは親の言いつけに従って、ユダヤ教の教会であるシナゴーグに通っていたが、十一歳のときに「不可知論者」になって信仰からは離れたという。
とても高等教育を受けられるような境遇ではなかったが、学校の成績がよく、ことに数学が抜群だった。
奨学金を得てL大学に入学。
在学中、大恐慌が始まり、困窮のなかで金融経済学のBさんに影響を受ける。
数学か経済学かで迷うが、不況脱出や一雇用回復が喫緊の問題だと考え、S大学で経済学を専攻することにした。
ここで師事しこうしたFさんの金銭感覚と、それに対するNさんの怒りはともかくとして、自分の師であるNさんの説に対して、Fさんはシカゴでの学生時代から疑問をもっていたのがリスクの研究で著名な経済学者Mさん・Nさんだった。
Fさんがまだ少壮の学者だったころ、英国のポンドが切り下げられることを知り、空売りを仕掛けて一儲けしようとたくらんだ。
結局、銀行が引き受けてくれないため、このプランは水泡に帰すのだが、そのことを聞きつけた先生のMさん・Nさんは激怒してフリードンマンに「破門」を申し渡したという話が伝わっている。
Nさんは中西部生まれの頑固者で、こんな小手先の金儲けは許せなかったのである。
また、シカゴの先物取引所が通貨の先物取引を開始するさい、Fさんに通貨先物取引を推奨する論文を頼みにきた。
Fさんは悪びれず五千ドル(当時の換算で百八十万円)を要求したという。
この十一枚あまりの「論文」は、通貨の先物取引所を開設するための理論的根拠となった。
自力で這い上がったFさんにとって、苦労して身につけた学問によってお金を儲けることは、ごく当たり前のことだった。
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